「拡大先願」って、聞いたことありますか?
目次
はじめに
今回のパテントまるわかり塾では、「拡大先願」についてお話しします。特許法29条の2のことで、同じ条文のことを、別の切り口から「準公知」と呼ぶこともあります。この条文も、新規性や進歩性と並んで、「大物」条文の一つですよね。弁理士の短答試験では、毎年必ず出題されると言っても過言ではありません。
ただし、実務では、拡大先願違反で拒絶になった例は、あまり見掛けません。新規性違反や進歩性違反に比べると、圧倒的に少ないです。時間軸的に、かなり限られた条件においてのみ成立する規定だからかも知れません。
私は「準公知」と呼ぶよりも、「拡大先願」の言葉の方が、音としては好きなのですが、普段は「拡大先願」とさえ呼ばず、その条文番号から「ニクノニ」と呼ぶことが多いです。
なお、意匠法3条の2にも、非常に良く似た条文があるのですが、意匠では範囲を拡大すべき対象(明細書)が存在しないので「拡大先願」とは呼ばず、意匠法での呼び名は「準公知」だけです。
特許法29条の2「拡大先願」の概要
「拡大先願」とは、「①他人の出願 ⇒ ②自分の出願 ⇒ ③他人の出願公開、という時系列があった場合に、もし自分の発明が、他人の明細書か、特許請求の範囲(クレーム)か、図面のどこかに「同一」の記載があるときは、自分の出願は特許を受けらない」という規定です。
つまり、先願の出願公開「前」に出願された「後願」(自分の出願のこと)であっても、その内容が先願のどこかに同一の記載があるときは、自分の出願は特許を受けられないのです。
ちなみに、特許法39条の「先願」は、先願の「特許請求の範囲」に書かれていなければ、「明細書や図面」に書かれていても、非該当(=拒絶理由にはならないということ)となります。
つまり、このケース(↓)では先願の規定で拒絶されますが・・・
このケース(↓)では、先願の規定で拒絶されません。
しかし「拡大先願」は、「先願」とは異なり、特29条の2は、「明細書や図面」だけに書かれていても拒絶されてしまう、という規定です。
つまり、特許法39条の「先願」は、同一か否かが比較される判断の基準となる範囲が、「特許請求の範囲」に限定されているのに対し、特29条の2は、「特許請求の範囲だけでなく、明細書や図面にまで範囲が拡大されている」ので、「拡大先願」と呼ばれます。
なぜ「拡大先願」という規定があるのか?
「先願(特39条)」の規定があるのに、さらに、どうしてこんな規定が生まれたか、不思議ですよね?
これは、次のような理由によります。
特許庁の審査官が、ある出願(先ほどの例で「自分の出願」のことです)を審査するときに、それに関連する先願が審査請求されていなければその先願の特許請求の範囲は確定しません。かなり自由に請求の範囲を補正できるからです。従って、先願の範囲を「特許請求の範囲」に限定しておくと、先願の審査処理が確定するまでは比較対象が流動的なので、同一かどうかの比較ができず、後願である自分の出願の審査がされません。要は、先願が審査請求されて審査が確定するまで、長い間待たされた後に、初めて自分の審査が開始されるので、特許査定か拒絶査定か白黒はっきりするまでに、すっごく時間が掛かってしまうんですよね。
そこで、補正で請求の範囲を増減変更することができる範囲の「最大限」である「出願当初の明細書・特許請求の範囲・図面に記載された範囲全部」に先願の地位を拡大して認めておけば、先願の処理を待つことなく、後願を処理できるという規定です。処理手続が短期間に済んだ方が、特許庁にも出願人にも、有難いですよね。
特許法29条の2の別名称「準公知」
別の見方としては、最初に触れた通り、同じ規定が「準公知」とも呼ばれます。
ここで、先願の明細書等に記載されている発明は、特許請求の範囲「以外」の記載も内容が公表されます。
特29条の2には、先願の出願公開「前」に出願された「後願」(自分の出願のこと)であっても、その内容が先願と同一内容の発明ならば、「先願がまだ公開はされていないけど、いずれは公開されるので、公開されたもの(=公知)として、後願の新規性などを審査しよう」という内容も定められています。したがって、このような先願を、「公知ではないけど、公知に準ずる扱い」として、「準公知」と呼ばれています。
このような後願の発明は、先願が既に公開されていようが、未公開であろうが、新しい技術をなんら開示するものではありません。したがって、このような発明に特許権を与えることは、新しい発明の公表の代償として発明を保護しようとする特許制度の趣旨からみて妥当でないのです。
「拡大先願」のもう1つの意義
あと、特29条の2の趣旨として、もう一つ、別の観点からの理由が挙げられます。
この規定が生まれる以前は、後願を排除する目的のためだけに、明細書中の記述の内容の中から、本来は権利化するつもりもないので出願する必要もないが、それを出願をすることが、多々ありました。
どういうことかというと、「先願」の規定(特39条)では、「特許請求の範囲」に書かれた内容しか、後願を排除できないからです。ところが、この特29条の2の規定が出来たおかげで、「特許請求の範囲」に書かれていなくても、「明細書や図面」に書かれた内容でも後願を排除できるので、わざわざ、「権利化はするつもりはないが、後願を排除するだけの目的で特許出願」する必要がなくなったのです。それによって、審査官が審査しなければならない出願の数が大幅に減少し、出願人にとっても、自分の出願の審査がその分早まるので、誰にとっても好ましい状況になりました。
「拡大先願」の「同一」とは?
なお、この条文で「同一」という単語が出てきます。でも、どれだけ厳密に、「同一」が要求されるのか?考えたことはないでしょう? 一字一句、違いがあってはいけないの?
もちろん、「後願」にとっては、その方が嬉しいですよね。一文字でも違えば、「新規性あるぞ!」と言えるのですから。
でも、残念ながら、世の中、そんなに甘くありません。
基本的には、特許法って、何だかんだ言っても、先願者に有利になっている気がします。やはり、「改良」よりも、そういった画期的な「商品」なり、「コンセプト」なり「概念」を、最初に提案した人が報われるべきだと。まあ、その通りですよね。
具体的に言うと、全く相違点がなければもちろん同一ですが、審査基準では「実質同一」でも良いとされています。
実質同一とは、仮に相違点があっても、それが「微差」ならば、「同一」と認めるということです。すなわち、拡大先願に該当するので、拒絶扱い、となっています。
「微差」とは、周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものでないものである場合を言います。ですから、「一字一句同じ」とかいうレベルではなく、本質的に「差」が無ければ、同一なので、拡大先願の規定に該当して拒絶!ですね。