「拡大先願」とは?(2)

拡大先願の第2回です。

前回説明しましたように、拡大先願って、先願者にとってはありがたい規定です。前回の内容はこちらです。

「拡大先願」とは?(1)

今回は、私が実際に直面し、とっても悔しい思いをした事例をご紹介します。頭の体操だと思って、皆さんも考えてみて下さい。

事例

甲社が私のクライアントです。乙社は、甲社の競合です。
甲社のX(特許請求の範囲は、イ+ロ)という発明の出願がされ、やがて、出願Xが公開されました。
乙社のY(特許請求の範囲は、イ+ハ)という発明の出願が、出願Xの「公開の前日」にされていました。

なお、出願X中には、どこにもイ+ハは書かれていません。また、は異なりますが、から容易に想像が付きます。ですから、もし出願Yの時点で出願Xが公知になっていたなら(すなわち、Xが、もう2日早く公開されていたら)、明らかに進歩性違反で拒絶となる案件です。

さて問題です。 今回の事例の場合、出願Yは、出願Xによって拡大先願で拒絶されるでしょうか?

如何ですか?もしかしたら、単純に考えた人ほど正解になるかも知れません。逆に、ある程度の知識がある方々の方が、色々と考えて悩んでしまうかも知れません。

答えは・・・出願Yは拡大先願では拒絶されません。

拡大先願の規定で後願を潰すためには、後願の「特許請求の範囲」の内容の「すべて」が、先願のどこかに書かれていることが必要です。書かれている場所は、先願の特許請求の範囲でも、明細書でも、図面でも構わないのですが。
いずれにしても、拡大先願で後願を潰すには、後願が、仮に先願が出願前に公知になっていたなら「新規性違反」の要件を満たしている、ということが条件なのです。

ですが、今回の事例では、出願Xには、出願Yの特許請求の範囲であるイ+ハは、どこにも書かれていないので、仮に先願が出願前に公知になっていても、残念ながら新規性違反の要件は満たしません。したがって、出願Yは拡大先願では拒絶されないんですね。

拡大先願で注意すべきこと

「でも、先願Xの内容と他の公知例との組合せで、進歩性違反で拒絶にできるのでは? だって、から容易に想像できるんでしょ?」と思うかも知れません。

拡大先願で誤解されやすいのですが、拡大先願の規定では、2つ以上の組合せによる「進歩性違反」の考え方は通用しないのです(!注)。あくまでも、「新規性違反」、すなわち、先願1本の内容「だけ」で勝負しなければいけないのです。

あと、もう一点注意しなければならないのは、出願Yの特許請求の範囲であるイ+ハは、出願Xのイ+ロとは異なるので、先願(特許法39条)の規定でも拒絶されませんよね。

まとめ

ということで、「もう2日、Xの公開が早ければ、進歩性違反で確実に潰せたのに、・・・」と、とっても悔しかった事例のご紹介でした。

でも、こんなことって、実際にあるんですよね。言わずもがなですが、特許出願は、なるべく早くしたほうがいい、ということですね。

なお、乙社の出願Yは、拡大先願(特29条の2)や先願(特39条)では、Xにより拒絶されることはない、というだけで、他の理由や公知例によって拒絶される可能性は十分にありますので、乙社は、何も安心できません。
(実際に出願Yは、別の公知例の組合せによって、進歩性違反で拒絶されました。)

正確には、「先願の内容」と、その当時の「技術常識」との組み合わせで、「進歩性違反」的に、拡大先願で拒絶ということもあり得ます。しかし、どのような内容まで「常識」とみなすか?という問題もあり、ややこしくなるために、その部分は省略しました。

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