先願と後願のクレームがちょっとでも違えば、先願(特許法39条)の拒絶理由は来ないの?
先願規定においては、
・先願が「下位概念」後願が「上位概念」はアウト(=拒絶)です。
しかし…
・先願が「上位概念」後願が「下位概念」はセーフ(=拒絶されない)であり、
・上位概念、下位概念の同日出願はセーフです!
前回は、異日出願の場合、「最先」の出願だけ、特許を受けられる可能性があり、同日出願の場合は、ひとまず「協議命令ってやつが来たら、必ず1件に絞って、届け出るべし」と覚えておけばOKという話をしました。
いまさら聞けない「先願」(2)ちなみに、第1回の内容はこちらです。
いまさら聞けない「先願」(1)今回は、先願と後願の発明が「同一」であるかの判断について、主に説明します。
目次
先願と後願の発明が「同一」かどうかの判断
先願と後願のクレーム(特許請求の範囲)が、「同一」なら特39条違反の対象として後願は排除されますが、「同一でなければ」少なくとも特39条で排除されることはありません。ですから、後願者にとっては、「一字一句、厳密に同じでなければ、同一とは認めないで欲しい」と言いたいところでしょうね。
完全に同一(相違点が無い)なら議論の余地なく特39条違反となります。しかし、実際には、拡大先願と同様に、ちょっと相違点があっても「実質的に同一」と判断されて特39条違反となる場合があります。ここで、拡大先願では、「実質的同一」とは「微差」の場合だけでした。しかし、拡大先願の「実質的同一」と比べて先願の「実質同一」はもう少し幅があります。同一性に幅があるってことは、先願に有利、後願にはますます不利、ってことですね。
以下の3つ場合は、「実質的に同一」なものとして、特39条違反の拒絶理由となります。
(1)相違点が微差の場合
微差とは、周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないものです。
⇒ これは、拡大先願と同じですね。
(2)先願の発明が「下位概念」、後願の発明が「上位概念」の場合
先願の発明が「下位概念」、後願の発明が「上位概念」として表現されている場合は、特39条で拒絶されます。例えば、先願に「鉄」と書いてあって、後願には「金属」としていることだけが違いのような場合です。あるいは、先願が「エタノール」で、後願が「アルコール」とか。このような場合は、「同一」と判断されて、後願はアウトです。
なお、このケースとは逆に、先願が上位概念、後願が下位概念だったら、セーフ(両者は同一でなく、少なくとも特許法39条で拒絶されない)です。どうしてなるかは、ちょっと考えればわかりますよね。「鉄」を「金属」と上位概念化するのは、誰にでもできることなので拒絶しても構いませんが、色々な種類がある「金属」の中から、敢えて「鉄」が良いのだと限定することは、すごい発明かも知れないから、「同一」として拒絶すべきでないのです。
なお、先後願の無い同日出願の場合には、一方が下位概念、他方が上位概念であるときは、セーフです(両者は同一でなく、特39条の拒絶理由にはなりません)。尚、審査基準では、仮にどちらかを先願、他方を後願とした場合と、両者の先後を逆に考えた場合と、いずれの場合でも同一と判断される場合のみ、「同一」になり、特39条で拒絶されると記載されています。したがって、下位概念が後願で、上位概念が先願とした場合は、セーフとなる(=同一でない)ため、このようなケースではセーフとなる(=同一とならない)のです。要するに、同日出願は、たまたま運が悪かっただけで、本来はどちらも最先の正当な出願者であるため、拒絶とする基準も緩くしている、ということですね。
特に分割出願でこの規定が活きてきます。したがって、例えば出願を分割した場合、親出願と子出願の「特許請求の範囲」が同一なら、特39条でアウトですが、一方が上位概念、他方が下位概念とすれば、特39条的にはセーフですね。親出願と子出願は、同日出願となるからです。
(3)単なるカテゴリー表現上の差異の場合
一見分かり難いですが、要は、「物」の発明であるか、「方法」の発明と見せかけているかの差異のような場合です。
具体的には、「化合物A」というのと、「Bという方法で製造した化合物A」のように、結局はどちらも「化合物A」の特許に他ならないので、「同一」ということですね。「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBP)」と呼ばれているようなものです。
なお、「化合物A」と「化合物Aの製造方法B」だとしたら、上記と一見似ているようでも、一方は「物の特許」、他方は「製造方法の特許」で、全くの別物です。したがって、もちろん、「同一」ではなく、特39条の拒絶理由にはなりません。
(前回の続き)ちなみに協議ってうまくいくの?
前回の話の続きですが、同日出願で協議命令が来たら、同日出願の他の出願人と協議をすることになります。
協議によって出願者を1人に絞るって、そんなにすんなりと「それじゃあ、あなたにお譲りします」なんて、決まる訳ありません。商標のように「くじ引きで決めましょう」なんてことにもならないでしょう(なんと…商標は、くじ引きなのです!)。だって、審査請求している以上、一応、両者共に、「本気で権利が欲しいと考えている」と思われるからです。
実際には、「権利化は私にさせて下さい。その代わり、後で共有にして、両者だけは自由に実施できるようにしましょう。とか、無償のライセンスをあなたに与えましょう」とか、あるいは「いくらあげるから、私に権利をすべて譲ってくれ」とかいうお金の交渉になるでしょうね。その結果、何らかの協議がまとまるとは思います。
なぜなら、協議がまとまらないと、全員が権利を失ってしまうので、「そうなったら身も蓋も無いので、仕方ないから、私が妥協しましょう。あなたの提案をお受けしましょう。その代わり、対価はよろしく」という展開になると思われます。
なお、「共同出願」で出願し直す、という選択肢もあるかも知れませんが、出願日が出し直した日になってしまい(繰り下がる)、遡及効はありません。先願の地位は残るので、特39条的には関係の無い第三者が同一発明を権利化することはありませんが、もしその間に、第三者が同一発明や似たような発明を公知化してしまったら、新規性や進歩性でアウトです。出願前に公知例が存在することになってしまうので。
ですから、共有にするつもりなら、取り敢えず、どちらかが取下げて、単願で手続を進めて、権利化後に共有化の手続をした方が良いと思います。
ちなみに、協議で譲った方(届け出なかった方)については、拒絶理由通知が来て、結局は拒絶査定になります。
特39条は優先度が低い
ここからは、研究開発者の方は、あまり関係のない話ですので、興味のある方だけ読んでください。それは、特39条と、他の特許法の条文との関係についてです。
特39条は、他の特許法の条文と比べて、優先度が低いです。
条文には書かれていませんが、実務ではそうなっています。
具体的には、出願が特29条(新規性と進歩性)や特29条の2(拡大先願)に該当する場合は、特39条は適用せず、特29条や特29条の2を優先適用する、と審査基準で定められています。
特39条の適用は、先願の出願後の「補正」(後願が関与しない補正)によって、判断が変わってくる可能性があります。一方、特29条(新規性と進歩性)や特29条の2(拡大先願)は、その引例が後で「補正」されても、後願の現クレームがこれらの拒絶理由に該当するかの判断が変わることはありません。特29条の公知の事実は変えようが無いし、特29条の2は、引例の「出願当初の内容」で決まるからです。そのため、出願が特29条か特29条の2に該当する場合には、特39条は適用しない、と定められているのです。まあ、特許庁の審査官か、弁理士しか関係も興味もないところでしょうけど。
でも、時々、特許法の条文には結構詳しいけど、審査基準まではちょっと読んでいないという人が、「自分の出願の拒絶理由通知に、この拒絶理由が書かれていないのはなぜだろう?」と、妙に気になってしまうことってありませんか?そういう場合って、審査基準レベルで書かれていることって、結構あったりするので、ご参考まで。