審査系の特許判例「リパーゼ事件」(最判H3.3.8)について、4コマ漫画を描きました。
目次
4コマ漫画
ポイント
クレーム解釈において…
・権利取得段階(出願系)では、明細書の発明の詳細な説明は、特段の事情があるときのみ参酌する。
・権利行使段階(侵害系)では、明細書の発明の詳細な説明は、必ず考慮する。
リパーゼ事件では、特許出願の発明の要旨認定(出願系)は、特段の事情が無い限り、特許請求の範囲の記載に基づいて、なされるべきであることが判示されました。
すなわち、発明の詳細な説明に「リパーゼA(実際にはRaリパーゼ)を用いて、他のリパーゼは用いない」と記載されていても、特許請求の範囲に「リパーゼを用いる測定方法」としか記載されていなければ、その発明は「他のリパーゼであるリパーゼBを用いる測定方法」も含むことになります。
したがって、下位概念の公知例「リパーゼBを用いる測定方法」 によって、上位概念発明 「リパーゼを用いる測定方法」 が拒絶されることになります。
「特段の事情が無ければ明細書の発明の詳細な説明を参酌しない」というのは、特許出願に係る発明の要旨認定(出願系)についてであって、特許発明の技術的範囲の確定(侵害系)には適用されません。
すなわち、侵害系の技術的範囲の確定の場面 では、このような特段の事情がある場合に限らず、明細書・図面の記載を考慮します(特許法70条2項)。侵害系の技術的範囲の確定の場面では、発明の詳細な説明の記載に基づいて、特許請求の範囲の記載文言以上の限定を加えて解釈されるのですね。
特段の事情
「特段の事情」とは、
(1)特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に理解することができない場合、又は
(2)一見して誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかである場合
を言います。
出願系のクレーム解釈において、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される場合は、上記2つの場合に限られます。
「参酌」の意味
リパーゼ判決は、出願系の発明の要旨認定において、特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明を 「参酌」することが許されるとした判例ですが、 特段の事情がない場合は、明細書の発明の詳細な説明の記載に「目を通さない」ということなのでしょうか。
これに対しては、担当調査官の判例解説(塩月秀平・最判解民事篇平成3年度39項)では、本判決は発明の詳細な説明に目を通すことを禁じたのではなく、特許請求の範囲に記載されておらず発明の詳細な説明にだけ記載された構成を付加して発明の要旨を認定することができるのを2つの場合に限定したものと説明しているようです。
したがって、判決文の 「参酌」は、 一般的な「参酌」の意味である「目を通す」とは異なり、「特許請求の範囲に記載されておらず発明の詳細な説明にだけ記載された構成を付加して発明の要旨を認定すること 」の意味で用いられているとする見解があります。
クレーム解釈のダブルスタンダード?
本判決と特許法70条2項を見比べると、出願系と侵害系とで、クレーム解釈のダブルスタンダードが存在するようにも思えます。
しかし、近時の下級審裁判例では、リパーゼ判決を適用していない判例も少なくないようです。
つまり、出願系の発明の要旨認定の段階で、特段の事情がなくても発明の詳細な説明を参酌している判例が少なくないようです。これは、発明の要旨認定と技術的範囲の確定とで、統一的なクレーム解釈が行われていることを意味します。
飯村畝明元知財高裁判事が「リパーゼ最高裁判決は、…かなり特殊な事案について、原審判決が、特許請求の範囲について無理な限定解釈したことに対して、その判断に誤りがあるとした判決ですから、基本的には、事例についての判断であり、その射程は、さほど広いものではないと理解して差し支えないと思われます。」(飯村畝明「特許出願に係るいわゆる発明の要旨の認定」平成3年行政関係判例解説(ぎょうせい、平成5年)、パテント2011年 Vol.64 No.14)と述べていることからも、リパーゼ判決の射程はそこまで広くないと考えられます。
参考
・高林 龍 「発明の要旨認定」 特許判例百選〔第5版〕 118-119頁
・北田 明 他 「『発明の技術的範囲』と『発明の要旨認定』との間に、ダブルスタンダードは存在するか?」
パテント2015年 Vol. 68 No. 12